OWS(オープンウォータースイミング)など海の競技を支えるライフガードの役割というと、一般的に溺れた人、命を助けるというイメージが強いかもしれません。しかし「パパっち」こと、ライフガードチーム『れすきゅ〜魂』のリーダー、鈴木雅行さんの考えは少し異なります。
「未然に水難事故が起こる前に防ぐ、そしてスイマーたちが自分の状態を知り自らの命を守ってもらう。そのために私たちがいるのです。」
パパっちとPWCレスキュー法の出会い
アスリートとして活躍していた鈴木さん。その際、アスリートたちを見守るライフガードの存在が大きく感じたと言います。「今度は自分がアスリートたちを守る存在になりたい。」約20年前そう心に決めた鈴木さんはライフガード修行をスタートさせました。
すると運命の出会いが。ハワイで生まれたジェットスキーを使った「PWCレスキュー」を日本で導入する手助けしてほしいという話が舞い込んできたのです。PWCレスキューとは、PWC(パーソナル・ウォーター・クラフト水上バイク)にライフスレッド(巨大なボディーボード)を装着して行うレスキューテクニック。単身で操縦できる手軽さと、素早い救助を可能にしてくれるスピードが特徴で、なによりプロペラが船外に露出していないという点で安全性が高く、ウォーター・レスキューとしては非常に優れた手法なのです。日本では沖縄の消防局では2008年より取り入れられ、徐々に知名度が上がっています。日本への導入の話が出ていた当時、ジェットスキーの操縦ができるライフガードは少ない中、偶然にもジェットスキー操縦経験を持っていた鈴木さんに、コントロールすることができる貴重な人財として声がかかったのです。
その後、鈴木さんはPWCレスキューのメゾットを学び、自身の経験からガード法を考案。れすきゅ〜魂として活動を始め、今では年間20もの大会でライフガードの仕事を受け持ち、これまでに関わった200以上の大会全て無事故、という優秀な記録を保持しています。これは鈴木さんの「事故を未然に防ぐことがライフガードの役割」という想いが結果となっている証拠なのです。
水難事故を防ぐための大切なコース設定
「その日の潮の流れや風の状況を見て、コースを考案するのもライフガードの役割のひとつ。」
スイマーが安全に楽しく競技を行える環境を整えるところから、ライフガードの仕事は始まります。
「元々設定していたコースはその日にとって本当に最適なのかを考えます。レース直前にコースは変更する、ということももちろんありますよ。」
コース設定ひとつで競技参加者の命を危険にさらす可能性もあることから、かなり慎重になる作業だと鈴木さんは言います。
その地域の海を一番知るのは、やはり地域の住民。例えば漁師さんなど海をよく知っている方から話を聞き、コース設定に生かすそうです。
「どういうコースが一番よいかという相談すると漁師さんはおっしゃるんですよ。そんなの自分達にもわからない。だって海は日々変わっているのだからって。それを聞いて、マニュアルや自分の経験だけでコースを設定するのではなく、その時の地域、海の状態を毎回見た上で、コース作りをしなければ安全で楽しいレースにはできない。そんなことに気付かされましたよ。だから、地域の方とよく会話をして、今の海の状態を知るようにしています。」
地域の協力、連携があってこそ、アクティビティは安全に楽しいものにできるのです。
誰よりもスイマーに寄り添う存在
PWCレスキュー法の最大の特徴はジェットスキーが常にコース全体を周回している点。しかし進行方向はスイマーたちと逆走していることにより、選手それぞれの泳ぎの変化、顔色などを察知できるのです。
「泳ぎに違いが見られた選手には、声掛けをします。人は泳ぎに夢中になってしまい、自分の体調の悪化に気付かない時もあるので、それを気付かせることも我々のできることなのです。」
れすきゅ〜魂のメンバーは全員選手としての経歴があり、その経験があるからこそスイマーの気持ちが理解できると鈴木さんは言います。
「完泳しなきゃ、という気持ちが先走り、つい自分のコンディションまで考えられなくなり、危険な状態で泳いでいる方も見受けられます。そういった方には棄権するという選択肢を提示もしますよ。この先の人生で何度でもトライできるのだから。そういう方々が私たちの一言で彼らの気持ちを楽にして、棄権するという勇気を出してもらえたらと思っています。」
「パパッちさんの顔が見えたから安心して楽しく泳げた」レース後参加者からそんな声を聞くこともあるそうで、実際に鈴木さんはスイマーたちの心の支えとなっているのです。ライフガードはレース中のコーチのような存在でもあります。
リスクはいつも隣り合わせ。アクティビティを楽しむ秘訣とは
夏になると必ず耳にする水難事故のニュース。人間がいる限り、事故のリスクはある、と鈴木さんは言います。
「海の競技に参加する人がそのリスクに向き合ってもらうため、そして競技を楽しむために自分たちライフガードがいるのです。事故は誰もの目の前にあることを把握した上で、是非たくさんの競技に参加してほしい。その経験から『事故を防ぎたい』という気持ちが出てきてくれたら、ライフガード冥利に尽きます。」
「私たち、れすきゅ〜魂は「お手伝いしてほしい」と言われたレースに出向くというスタンスで動いています。レースの大きい小さいではなく、自分たちが賛同する大会であれば求められたらどこでも行きますよ。」
そんな粋な言葉を笑いながら言うパパっち。ライフガードという仕事への誇りと責任感を感じさせる小麦肌の笑顔と真剣な眼差しから、改めて競技の本当の楽しみ方を教えていただきました。